1611年1月、東インド会社(当時の総裁:トーマス・スミス卿)の有する、クローブ号を含めた小規模な船団がイングランドを出航しました。イエメン、インド、ジャワ島を経由後、さらに長崎を経て、1613年の夏にクローブ号は平戸に到着。艦隊の司令官ジョン・セーリスには、時の国王ジェームス1世より、将軍徳川家康に宛てた書簡と献上品が託されていました。家康は当時既に将軍の座を退いており、実権を握っていたのは息子の秀忠でしたが、いずれにせよ、歴史上、欧州外に持ち出されたのはそのときが初めてだという「望遠鏡」を家康は贈り物として受け取り、秀忠には高価な茶器や食器が贈呈されました。加えて、両人にはイングランド産の毛織物も贈られています。こうした贈答品の総額は当時の値で150ポンドに相当し、かなり気前のいいプレゼントだったといえます。

これに対して、ジェームス1世への献上品として秀忠がセーリスに進呈したのは、二揃いの甲冑。一方で家康は、国王に対するお礼状と、イギリス人に日本国内での居住と通商を許可する旨を記した親書(「朱印状」)、そして金の葉が描かれた豪勢な屏風十隻を王に献上します。こうしたやり取りはすべてが滞りなく進みましたが、これに貢献した人物こそが、「水先案内人」を意味する「按針」の名で知られるウィリアム・アダムスでした。これよりも以前にオランダ船で来日していたアダムスは、日本で家康の外交顧問として仕えるほど、日本に定住していたのです。

ジェームス1世からの献上品は残念ながら失われてしまったものの、書状は日本国内に現存しています。同様に、家康の贈呈品である屏風は既に存在していませんが、甲冑と書状は今も英国に残されています。

日本にたどり着いたイギリス人の一行は、平戸において、1609年設立のオランダ商館から程遠くない場所に商館を設立します。平戸では、オランダ人と同様、イギリス人も、法印の名で知られた平戸藩の松浦鎮信から温かい歓迎を受けています。1614年に鎮信が隠居した後も、藩主を引き継いだ孫の隆信によって、日英二国間の通商は続けられました。これに加え、イギリス人は京都、大坂、江戸にも商館の支部を設立。江戸のある地区はこうした二国間の通商を讃えて、按針町と改名されたほどでした。この地名は今日の東京では使われていませんが、按針町の実在した場所を示す標が今も残っています。

セーリスは1613年の終わりに、多くの芸術品を携えて日本を後にしています。せーリスはほかにも、漆器や屏風、また商用目的ではなく個人用として春画などを持ち帰りました。東インド会社からは、リチャード・コックスがほかの多数のイギリス人らともに日本に残され、引き続き日本での事業を展開しました。

クローブ号は1614年9月に母国イングランドのプリマスに到着、次いで同年12月にロンドンに帰港しています。持ち帰られた漆器はイングランド史上初の芸術品オークションに出品され、屏風は二回目の競売にかけられました。その間に、春画は東インド会社より公序良俗に反するものとみなされて没収されたうえ、破棄されています。国王ジェームス1世については、日本に関して耳にしたことは、実はすべてが作り話なのではないかとの疑いを抱き、伝えられた日本像を信じようとしなかったとのことですが、日本からの献上品は大切にしていたそうです。

 

クローブ号年表

1611年
4月
18日:クローブ号、トーマス号、ヘクター号がイングランドから将軍への献上品を携え出航。

6月
6日:一団が赤道を通過。

9月
3日:一団、マダガスカルに寄港。貿易を行う。

1612年
3月
一団、イエメンにて補給活動。

8月
8日:ヘクター号、スマトラへ出航。
13日:クローブ号とトーマス号、バンタム(ジャワ)に向け出航。

9月
27日:クローブ号とトーマス号、セイロン(スリランカ)を通過。

10月
24日:クローブ号とトーマス号、バンタム(ジャワ)に到達。ヘクター号と合流し、貿易を行う。

1613年
1月
12日:トーマス号、イングランドに向けバンタムを出港。
14日:クローブ号、日本に向けバンタムを出港。

3月
11日:クローブ号、ティドレ(インドネシア)に到着。

4月
14日:クローブ号、日本に向けモルッカ諸島を出港。
6月
1日:クローブ号、北回帰線を通過。
10日:クローブ号、長崎を通過。
11日:クローブ号、平戸に到着。

8月
7日:セーリスとアダムス、駿府と江戸へ向け平戸を発つ(下関・堺経由)。
27日:セーリスとアダムス、大坂に到着。
29日:セーリスとアダムス、京都に到着。

9月
6日:セーリスとアダムス、駿府に到着。
12日:セーリスとアダムス、江戸へ向かう。鎌倉大仏に自分らの名前を彫りいれる。
14日:セーリスとアダムス、江戸に到着。
21日:セーリスとアダムス、江戸を出発。
29日:セーリスとアダムス、駿府に到着。

10月
9日:セーリスとアダムス、駿府を出発。
16日:セーリスとアダムス、京都に到着。
20日:セーリスとアダムス、京都を出発(大坂、堺、海路で下関へ、陸路で平戸へ向かう)。

11月
6日:セーリスとアダムス、平戸に到着。

12月
5日:クローブ号、日本を出航。

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